天穹に蓮華の咲く宵を目指して
   〜かぐわしきは 君の… 2

 “安息日(シャバット)"



今年の夏は、足並みがなかなか揃わなかったその上に、
100年に一度という級の途轍もない暑さが襲い来ており。
あまりの炎天に耐え兼ねてのこと、
入道雲が発生し、大雨が降って…という気化熱現象が起きていた関東地域は、
暑い日とボチボチな日が交互に訪れていたものが、
暦的には皮肉な巡り、立秋を境にという遅まきながら、
やっとのこと“安定した夏日和”がやって来たその途端、
常軌を逸したとしか言いようのない、
凄まじいまでの酷暑の圧に蹂躙されている始末。
いわゆる“猛暑日”が当たり前に続くそのうえ、陽が落ちても気温は下がらず。
夜中や明け方の“最低気温”が30度近いというから笑えない。
この途轍もない状況はお盆過ぎまで続くそうで。

  何せ、インドやエルサレム生まれなその上、
  様々な苦行に耐え抜いた方々でさえ、
  昼間の押し迫るような炎暑には、
  やや音を上げてござるのだから…推して知るべしというところかも。

ずんと早朝の、黎明の頃合いから陽の出にかけての時間帯は、
さすがに まだ何とか
全身へと密着し、ぎゅうぎゅうと押して来る級の
凄まじい熱波は生まれてもないようであり。
昨日と一昨日は、執筆作業の修羅場だったために諦めた日課のジョギングを、
やっとのこと心置きなく再開出来たブッダ様。
ああ、このくらいの気温や湿度なら過ごしやすいのにねと、
軽快な足取りでいつものコースを軽やかに駆け抜け。
冬場だと もう一回ほど周るところ、
さすがに1回で切り上げて松田ハイツへ戻っておいで。
いえいえ、まさか
ラジオ体操に出向く近所の小学生に遭遇するのを恐れてでは
決してありませんてば、ええ。(苦笑)

 「イエス? 起きてる?」

時々 突発的にアルバイトを始める彼なのだが、
今はそういう予定もないらしく。
よって、起こしてと頼まれてはなかったけれど。
町内会活動の一環で炎天下での草むしりに勤しんだせいか、
昨夜は結構早寝したイエスだったので。
もしかして…とドアを開けつつ声をかけたブッダの予想も空しく、
六畳間の片やの夏掛け布団は、
出掛けたときと変わらぬ形でその主人をくるみ込んだままであり。

 「まったくもう。」

夜更かししてもないのに寝坊するとは、それほど疲れちゃったのか、
はたまた、そも朝には弱い体質だということか。
それとも…

  ただ単に
  “寝穢
(いぎたな)い”だけなのかもしれないけれど。(おいおい)

しょうがないなあと思いはしたが、まま、修行中という身でもなし。
いつものことだと小さく肩をすくめると、
トレーニングウェアから日常着のTシャツとGパンに着替え、
まだ引いていたカーテンを勢いよく明けてから、
今脱いだばかりの上下も含めた洗濯物のカゴを抱えて、一旦 外へ。
廊下の端に置かれた、
これも前の住人が置いてったものだという、
一応は全自動の洗濯機へ一切合切放り入れ、
洗剤と柔軟剤を入れて普通コースでセットして。
部屋へ戻ると、手を洗い、
炊飯器の残り時間表示を確かめてから、冷蔵庫を開け、
今朝はキャベツときゅうりかなと少なめの素材を見極めると、
キャベツはお味噌汁用に短冊状に切り分け、
きゅうりは少し厚めに切って塩揉みし。
片手ナベに味噌汁を作りつつ
昨夜のおかずの残り、おぼろ豆腐のがんもどきの含め煮を、
こちらも鍋で温め直すついで、
少し濃い味に仕立て直した上でとき卵でとじて。

 「さてと…。」

ご飯もそろそろ炊き上がる頃合い。
あとは食べる人を用意だなと、コンロの火を止め、六畳間へ向かう。

 「イエス起きてよ。ご飯出来たよ。」
 「……ん〜。」

もう七時を回っているから早すぎるとは言わせない。
冬場のように厚い布団へもぐり込んで やりすごす訳にも行かないだろうが、
さりとて寝返りを打ってまでという抵抗もしない彼なので、
起こすという行為自体は、さほど嫌がられてもないようで。

 『うん。むしろすごい贅沢だって堪能してたvv』

とろとろと夢うつつなところを、
大好きなブッダが朝一番から構ってくれるんだもの、
こんな贅沢ってある?などと。
随分と的外れなこと、
ぽろっと吐露してくれたのは だいぶ後日の話であり。
だがだが、それを聞いたとて
“何だよそれ”と怒り出せるブッダではなかったのは、

 「……いえす?」
 「ん〜?」

返事をするくらいだから、微妙に意識は起きかけらしいヨシュア様で。
カーテンを明けている室内は隅々まで陽が届いてそれは明るく、
今朝は布団へ頬を押し付けての横を向いて寝ているイエスのお顔も、
何に遮られることもなくのすっかりと見通せて。

 「……。」

布団の傍らにすとんと座ると、上になっている肩へと手を掛けたものの、
その穏やかな寝顔にブッダがついつい見とれてしまうのも、
このところの ちょっとした“いつもの”流れ。
細い鼻梁に薄いまぶた。
寝乱れた髪がちょっぴりお顔に掛かっていたのをそおと退けてやり、
その流れのまま、耳朶から頬へと指の腹で触れたなら、
頬骨が立っているというより頬が薄いのだと判る優しい感触がして。
口許や顎先には、無精なそれではない しっかとした髭があるにもかかわらず、
怖さや威厳で人を萎縮させるどころか、

 “口許の繊細さを
  何とか隠そうとしているとしか見えないんだけどなぁ。”

頬からするりと降りて来た指先が
その口許へも そおっと触れかかったところが、

 「何ぁに?」
 「あ…。///////」

うっすらと睫毛が上がり、こちらを見上げて来る視線に合うと、
そこはやはり、寝ている相手へいけないことをしていた気分になるものか。
パッと逃げるよに手が離れかかるのも無理はなく。
そんなブッダの手を、だが、それは上手に捕まえると、

 「気持ちいいvv」

指先どころか手のひらごと、自分の頬へと押しつけたイエスが、
ふにゃりと悦に入ってしまう。

 「あ、いやあのっ。///////」

  イエス、早く起きなって。お味噌汁冷めちゃうよ?
  ん〜、もうちょっと…。

今朝はどうやら、ヨシュア様のTKOが決まったも同然な模様。
ちなみに ブッダの側には、
“早く起きないと冬布団を追加しますよ?”とか、
“予定があるので出掛けますね”と告げたそのまま外廊下へ出る…などという、
いずれも成功率の高い“鉄板技”があるのだが、
こうまで手を掴まえられていては どちらも繰り出せないから困りもの。

 “む〜〜〜。///////”

どっちにしたって
いつまでもこのままでというワケにもいかぬのは明白。
ややあってイエスの気が済めば、
おはようと起き出してくれるのだろうけれど。
ちょっと癪だ…というのとそれから、

 “ううう、もう離してよぉ。///////”

こっそり触ってた分にはこちらから愛でていた格好だったが、
こうまでしっかり手を捕まえられていると、
どうにも落ち着けないから妙なもの。
手のひら側の頬よりも、
手の甲の側のイエスの手の感触のほうへと、
意識も捕らわれてしまっており。
はうう〜〜〜///////と頬を赤らめていたところ、

 「……っ。」

不意にその拘束が解け…たはよかったが、
手を離したのとほぼ同時、
起き上がったイエスが そのままこちらへ身を乗り出して来て、

 「こら。そんなキツく唇かんじゃダメでしょう。」

せっかくぽってりしていて可愛いのにと、
一体 何を見とがめているのやら。
鼻先同士がくっつきかねないほどまでの至近から、
そんなことをわざわざ注意するイエスもイエスなら、

 「あ、うん。ごめん。////////」

迫力に負けたか、
内容まで精査しないで謝ってしまうブッダ様もブッダ様。


  どうでもいいから
  とっとと朝ご飯を食べてしまいなさい、二人ともっ。




     ◇◇◇



ややこしい朝のセレモニーにも ブッダ様の逆転気味に鳧がつき。
布団を畳んで、卓袱台出して。
ご飯が進む味付けへと進化していた“ガンモドキの卵とじ”を堪能すると、
食器を片付け、さてそれから。

 「えっとぉ…。」

いきなり割り込んで来た修羅場のお陰様、
何か予定があったような、あれれ そうだったかな?と、
生活リズムというか今週の予定レベルの見通しというかが、
ちょいとばかりブレかかってしまったようで。
サンデー毎日な身でも、
だからこそのテンポというのはやっぱりあるもので。
町内会の草引きは昨日だったでしょ?
ハッスル商店街の夏の大売り出しは明後日からで。
古新聞や古紙の回収当番は…ああそっか
今週はお盆の直前だからお休みだったっけと、1つ1つ数え直して。
あれれ? じゃあ今日は、特に何もなかった日だったのかな?と。
ようやくそこへ至って、
なぁんだと苦笑交じりにお顔を見合わせ合ったそんな間合いへ、

  Trrrrrrrrrr………、と

特に設定のない相手からなのだろう、
携帯への基本モードの着信音が鳴り響く。
同じように聞こえてもそこは二人しかいない室内でのこと、

 「あ、わたしだ。」

卓袱台に出してあった二つ折の携帯を手に取り、
パタリと開いて出たのがイエスで。

 「はい。………あ、はいっ、どうも。
  その節は、はいっ、お世話になりました。」

着メロの設定はしていないながら、
知らない相手からではない口ぶりになったのへ、

 “?? 誰からなんだろ?”

態度や口調からして
イエスが“お世話”をかけた自覚のある人のようで。

 天界関係者かな? でも、だったら
 あの曲か あの曲に一緒くたにして
 グループ分けしてるイエスじゃなかったっけ?、と

イエスの携帯の電話帳も簡単にながら把握している、
新妻というより“お母さん”なブッダが、(どっちにしたって…)

ますますもって相手を推察しかねておれば、

 「え? あ、はい判りましたっ。すぐお伺いします。」

ありゃりゃ、妙な雲行きだぞと、
ここまで至近での会話だ、ついのこととて聞こえていたブッダが
思わず眉をひそめてしまった微妙なやり取りで通話は終わったようであり。

 「何? 出掛けるの?イエス。」

今週って何があるんだろと、点けてみていたテレビの音量、
ミュートにしていたのを戻しつつ、
あえて ついでのように訊いたブッダへ、

 「うんっ。」

何だか嬉しそうに大きく頷いて見せると、
喜々とした態度のまま、すっくと立ち上がり、
部屋の隅に出してあった普段使いのバッグを拾いあげる。
言葉の綾などではなく、
電話で口にしたその通り、今すぐにも出掛けるつもりな彼であるらしく。

 「あ…。」

一緒に出ようと誘ってくれないの?
それどころか何処へとも言ってくれないのかな、と。
内心でそわそわしつつ思いはしても、
ブッダとしては、それを口にすることが出来ない。
だって、この数日ほど、自分の都合でイエスにも迷惑をかけたのだし、
例えそれがなかったとしても、

 “…図々しくないかな。”

イエスはきっと、何で言わなきゃいけないの?とは言わないだろう。
うん、何処々々へ行くんだよと
それはあっけらかんと素直に教えてくれるに違いない。
だとしても、

 じゃあ私も一緒に行く、とまで、

言えるだろうかと思うと…口が回らぬブッダであるようで。
きっとそこがイエスと自分との大きな違い。
なんで?と訊かれたら?
いやさ断られたら?と思うと、もうもう訊けない。
そんなことはなかろうと思いつつ、
でもそれって自惚れでは?とも思えてしまう。
別に命を懸けての選択というものでもなかろうに、
むしろ、ほんの些細なことだのに。
何処かで線を引かれたときの衝撃を思えば、最初から…と腰が引ける。
思えば、こないだまでイエスが出掛けていたアルバイトも、
結局は訊けなかったままであり。
その頃は何となく訊けないとしていたが、
実は同じような感覚から、敢えては訊けなかった自分なのではなかろうか。

 知らないことがあるのは不安、
 でも、
 この自分に言えないことを持つイエスなのだと
 知ってしまうのは もっと怖い。

 “……怖い?”

そんな不安を意識するのは無しだって
決めたんじゃなかったか?
イエスを好きだと思う、その気持ちに封なんかしないって。

 「ねえブッダ、今日は買い物に出るの?」
 「えっ? あ・うん、野菜の補充に…。」

今日は卵も特売だしと、辛うじて不意を突かれた狼狽を誤魔化せば、

 「じゃあさ、駅前の、そう東口の改札前で待ち合わせようよ。
  えっと、スーパーが開く前の10時ごろに。」

 「待ち合わせ?」

うんと、再びご機嫌そうに勢いよく頷くイエスであり。
だが、

 “それって、一緒には向かえない用事だってこと?”

先んじて言われたことで、
目に見えて傷つかずに済んだかといや、そんなことはなく。
自分から訊けなかった不甲斐なさと尚の不安から、
じわりと胸の底が熱苦くなっただけ。

 「あの、イエス?」
 「んん? なぁに?」

肩から提げた鞄の中を覗き込むよにして確かめながら、
ん〜?と訊く声は、何だか起きぬけの寝ぼけていた声にちょっと似ている。
心此処にあらずってことかなぁと、かすかな疎外感を覚えつつ、

 「今のって誰から? アルバイト先の人かな?」

えいと訊いてみたものの、
そして、

 「……。」

すんなりと顔を上げたイエスだったものの、

 「…ふふふ、内緒vv」
 「はいぃ?」

何とも意表をつくお返事が返って来たもんだから、
ブッダの声も微妙によれる。

 「な、何だよそれ。」

隠しごとは下手なイエスだけど、
堂々と“隠すもん”と構えられるとこれがなかなか手ごわくて。
喜々としているお顔はちいとも揺らがないものだから、
それが何故だか無性にムッと来たブッダ様。
大人げないのは判っちゃいるが、
微妙な不安を覚えた直後なだけに、引っ込みがつかないというのもあって、

 「教えてくれたっていいじゃ…っ   、////////」

こちらも勢いづいてのこと、立ち上がって言いつのりかかったところ、
逃げを打つかと思いきや、
パッと両腕広げて、
歩み寄って来たブッダをそのまま懐ろへ迎え入れるイエスだったのは
はっきり言って想定外で。
しかも背中へ回した腕にて ぎゅうと、
しがみついて来る勢いのハグをされてしまっては、

 「イ、イエスっ?/////////」

狡い狡い、こんなのは狡い。
君が好きだって気持ち、言えないけど隠せないの知ってるくせに。
総身が熱くなり、胸元からだろか匂い立つ香りがあるのに気づけば、
どんなに誤魔化しても、知らないと突っぱねても、
君を拒めない私なの、丸判りになってしまうのに。

 「ブッダ、後で全部話すからvv」

二人しかいないのに、内緒だよと低められた声はあまりに罪作り。
9時を回ったばかりの時計を、
愛しい人の肩の向こうに見やったブッダは、

 「うん…判った。」

引き留められぬ自分の非力さを認めつつ、力なく頷いてしまっており。
じゃあねとそのまま颯爽と出掛けてゆくイエスを見送り、

 「…ああ。洗濯物、干さなくちゃね。」

誰に言い聞かせたものなやら。
そんな独り言を呟くと、
肩を落としたまま、イエスが飛び出してった玄関へ自分も向かうのだった。









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  *あああ、なんか、
   なんか長くなったのでこの章、中編ということで。
   イエス様を起こすのに 時間食い過ぎです、ブッダ様。(そこか)

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv


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